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サルベージ企画その2。まさに小噺。

「ケーキ5等分問題」って、結構メジャーな数学の問題だった気はするのですが、当然解法など覚えているわけもない私です。
論理式と数列はまだ良かったんですが、壊滅的にグラフがダメでした。今でもクラス担任@数学担当の、テスト返却の際の諦念に満ち満ちた顔がトラウマです。
なので理系の人に超あこがれます。なぜ世界を数字で読み解けるのかハァハァ

というわけで、恐らく物理脳であったと思われる築城技術の猛者・せいしょこさんに憧れるのですが、いざ書けば不憫要員としての出動で本当にごめんなさい。


さてここに、カステラがある。

先日太閤となった秀吉が、伏見の屋敷に招いたばかりの、南蛮人に直接教えを請うたという鳴り物入りの調理師の作である。
まだほんのりと暖かい、小ぶりの釜に入ったままのそれを、どこからともなく現れたねねが、「いつも清正がお世話になってるんだもん!」と言って押し付けてきたのは、立花の屋敷に顔を出しに行こうと草鞋をつっかけた、まさにその時だった。
清正は口の中で「いや、べつにいつもって訳じゃ…世話になってもないし…」とごねたのだが、ねねに柔らかく微笑まれながら、「たまには母親らしいことをさせておくれね」などと言われては、清正にはとても、断ることなどできなかったのである。
そして「宗茂にも誾ちゃんにもよろしくね!」と手を振るねねは、いつにも変わらず素敵だった事は、毎度のことながら、胸の奥に大事にしまっておいた。

そしてそのカステラは今、清正の目の前に置かれている。

品のいい漆の小皿に、ふた切れ。
円い釜から取り出され、放射状に切り分けられたその姿は、くっきりとした黄色の生地と、表面のこげ色の鮮やかな対照がとても綺麗だ。
そして何より、皿に伸べられながらもまだわずかばかりの熱をもっているようで、かすかな蒸気にまきあげられるかのように香る甘い芳香が、清正の鼻をくすぐった。
ふくよかに広がるその香りは、甘味にさほど興味のない清正にとっても魅力的であり、なるほど、これはねねが是が非にも、と土産に持たせるわけである。

が、そんなことよりも。

場所、立花家伏見屋敷の応接間。時、午の刻。
目の前の光景、立花宗茂と立花誾千代が、言い争い。

「宗茂貴様、昨日貴様の変わりに立札の謄写をやってやったのは誰だと思っている!」
「ああ、誾千代だな。それで?」
「ええい、しゃあしゃあと抜かしおって!」
「じゃあ、お前がこの間買っていた打粉で手を打とうじゃないか」
「あれは雷切用に特別に買い求めたのだ、誰がやるか」
「なら、交渉決裂だな。俺が頂こう」
「そうはさせるか!」
カステラがふた切れ乗った皿を、互いの真ん中にはさんでの言い争いは、まったくいつ果てるとも知れず、少しも止む気配がない。
そも、カステラと全く関係ないことを引き合いに出しては争っているのだが、両者がいたって真剣なので、突っ込むにも突っ込めなかった。

そう、カステラは器用にも、5等分されていたのである。
これもまた南蛮人直伝なのか、それは定かではない。
通された応接間で他愛のない会話を振っていた清正と、他愛のない会話に付き合っていた宗茂と、昼からだらける男どもを叱りにきたつもりだったのだろうが、結局他愛のない会話に巻き込まれていた誾千代の前に、立花家の家人が困惑気味に差し出した三枚の皿。

カステラは、ふたつ、ふたつ、ひとつ。

彼らの初動は早かった。まさに疾風迅雷、立花の戦そのものであった。

ふたつの皿の片方を、二人同時に清正の前へ押しやった。客人への礼儀ということなのだろう。
いや俺は、と言おうと口を開きかけたそのときには、ふたりはやはり同時に、同じ行動に出た。
すなわち、ふたつの皿のもう片方を、はっしと掴んだのである。
そして、太閤殿下のおぼえめでたき立花家当主たちの、あまりに大人気ない舌戦が幕を開けたのだった。

「お前らさ」
まだ何か争点があるのだろうかと、いっそ感心しながら二人を眺めつつ、清正が口にすると、計ったかのように同時に、何だ、という表情でこちらを見る。
こういうところは完全に揃うくせに。変なやつらだ。
実は先ほど、俺のをやろうかと言ったら、誾千代にすごい勢いで「客人からそんな真似をされてたまるか!」と何故か叱られたので、その次くらいに、清正にとっては順当に思える解決案を提供してみる。
「多いほうを半分に分けるっていう発想はないのか」
ひとつと、ひとつと、ひとつの半分。

もしも、もしも秀吉とねねがこの状況にあるのなら。
きっと、多いほうを互いに譲り合って、それで結局埒が明かなくなって、三成あたりが「いい加減にしてください、お二人とも」と焦れはじめるのを潮にして、余ったほうを半分にして、「おあいこだね、お前さま」ってねねが笑って、それで万事解決である。
そんな仲睦まじい二人は、随分と幼い時分に親元を離れてしまった清正にとって、一番に身近で、典型的で、理想とする夫婦だった。
ところが今、清正の目の前で、菓子一つを譲る気もなく譲られる気もなく、いい年をして論争を展開するようなおかしなこいつらも、一応夫婦なのである。
この二人に出合ってからというもの、世の夫婦というものに対して、清正がいささか懐疑的になってしまったのを、一体誰が責められよう。
その夫婦どもは、心底驚いたように、次に心底あきれたように言い放つ。

「何を言ってる、清正」
「そうだぞ清正、何かと思えばたわごとを」

そこまで言われなきゃならない提案だっただろうか、と清正はちょっと己に自信を無くしかけた。

「「どうせ取らなかった半分に未練が残るのだ、下手に妥協しようものなら根に持って、」」
「誾千代の雷がところかまわず落ちるんだぞ」
「宗茂が全力をもってからかってくるのだぞ」
「「それがどんなに恐ろしいことか、お前はわからないというのか!!」」

ああ、わからん。さっぱりわからん。
声を揃えて、全く訳の分からない理論を持ち出して咎め立てる宗茂と誾千代に、清正は心底呆れつつ思う。
これじゃまるで、正則や三成の相手をしているようだ。
でも、夫婦・・・なんだよな。秀吉さまとおねねさまと同じように。多分、きっと、おそらく、そのはず。
・・・やっぱり、変なやつらだ。

そうして何事もなかったかのように再び口論をしはじめた二人を横目に、清正はふたつきれいに並べられたのカステラの片方をつまみ、惜しげもなく口に放り込んだのだった。

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