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久しぶりの小噺更新です。
11/22⇒「いい夫婦の日」記念。間に合ってよかった!(正直な感想)


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夫婦っていうのも、色々あるもんだよなぁ。
客人はそう言って、人好きのする笑顔を傾げてみせた。

伏見の立花邸に、今日は珍しい客が顔を見せた。
ちょっと通りかかったもんだからよ、と、出された茶を満足げに啜りながら笑ったのは、豊臣旗下でも有数の権勢を誇る、前田利家その人である。
まったく市井の者と変わらないような簡素な小袖と袴-もちろんよくよく見れば、大変凝った仕立てであることは分かった-といった出で立ちで現れた利家は、それだけみれば、ごくごく普通の青年のようだった。
利家の話し方や仕草は、いつもこんな調子に気安いものだから、宗茂は驚かされるばかりである。
前田利家といえば名実ともに、現政権下における秀吉、家康に告ぐ実力者である。それが「ちょっと通りかかった」だけでひょいひょいと目下の屋敷に来るというのは、まったく無防備というか、彼の立場を鑑みれば、随分と気楽なものである。
そもそも立花家は、この利家と、さほど深い縁で結ばれてはいない。
初めて顔を合わせたのは小田原の陣にあってからだし、それぞれの領地の関係上、特に親密な付き合いが必要というわけでもない。年も随分と離れいる分、共通する話題などもほとんどない。
それはもちろん、同じ豊臣政権下にあって、互いに協調していこうという気持ちはありこそすれ、あまり接点がある間柄ではないのだ。
しかし利家はこうして時々伏見の館に顔を出しては、土産だと山ほどの団子を置いていったり、ちょっと茶を馳走になるぜと言っては、旧主の話-若い自分たちには知りようもない、しかしこの政権の基盤となった強大な勢力を要した偉大なる男-などを話してゆく。

豊臣家に詳しい友人から聞くに、利家という人は昔から、やたらと目下を可愛がって、引き立ててやるのが好きなのだという。要は、おせっかい焼きなのだ。
余計な世話だと煙たがれることも少なくないのだろうが、上に立つ限りはそうやって下の者を引っ張っていくのが役目なのだと、利家はそう信じているらしかった。
それは彼自身が、そうやって目上の人間から愛されてきた経緯があるからなのだろうと、宗茂は思う。
特に立花家は、豊臣家との縁は未だに薄い。地理的に遠いということもあるし、臣従するようになって、まだ日も浅い。何より当主である自分と誾千代は、彼の子供と同年代なのである。おせっかいの焼きどころとしては、十分な条件がそろっている。
それゆえ、日ごろから何くれとなく気を使ってくれているのだなということを、折に触れ感じていた。
だから宗茂は、この偉大なる先輩が好きである。
立花家に好意を持ってくれているのはもちろんのことではあるが、その気遣いの底にある、心根の真っ直ぐさが良い。
それは政治的な思惑などが入りこんだ後ろ暗いものではなく、ただ己の辿ってきた道をなぞり、実践しようとする気持ちの良い行いだ。
先人の恩義に報いろうとする、その誠実で、筋目の通った生き方は、自然と己の背を真っ直ぐにさせるような清々しさがあって、それは宗茂のもっとも好むところであった。
誾千代もまた、何か通じるところがあるのだろうか、「暇な男だ」と眉根を顰めたりもするが、概ねいつも彼からの厚意を歓迎していた。
と言っても、もしかすると彼女の評価は、「槍の又左」とも呼ばれるほどの卓越した槍の使い手である、というところに比重が置かれているのかもしれないが。その証拠に、彼女は利家と対話する機会を得たとなると、もっぱら世間話よりも、彼がかいくぐって来たいくつもの戦場での武勇伝の話のほうが興味があるようで、そうなると身を乗り出して聞くようなところがあった。
利家も、自身の武功に興味を持たれては悪い気はしないのだろう、お前さんも好きだね、と笑いながら、度々合戦の話を聞かせてやっていた。
宗茂はそんな風にして、自分たち夫婦と、まるで気の良い親戚のような付き合い方をしてくる利家という男の気持ちのよさが好きだった。

今日もまた、そんな話の後だった。
いやあの時は本当に大変だった、よく生きて帰ったもんだと言って話を締めくくって、利家は一口、ぬるくなった茶を口に含んだ。
ふぅっ、と一息ついてから、ふと、誾千代と、黙って聞いていた宗茂を比べるように眺めやる。
そして誾千代に視線を戻し、、そろそろ壮年といってもいい年頃であるのに、まるで悪童のような笑みを浮かべ、利家は言った。
「お前さんがちょっと、男前すぎるからなぁ」
利家の話に夢中になって、わずかばかり興奮していたであろう誾千代が、自分のことを指摘されたのだということに気がついて、少しむっとした。誾千代はこの手の「女として云々」といった説教が大嫌いであったから、客人相手にも思わず素が出てしまったのだろう。
それを見て、別に悪い意味で言ったんじゃねぇよ、と笑いながら宥めて、利家は続ける。
「さっきな、実は秀吉んとこに顔を出してきたんだが。ちょうど昼時だったからなぁ、ちょっとばたばたしてたみたいでな。で、出直そうかと思ったらだ。いきなりねねさんが屋敷から飛び出してきたんだな、前掛け姿で」
前掛けですか、と思わず宗茂が繰り返すと、おうよ、と利家は実におかしそうに笑う。
そして、そうそうそれでな、と言ってからが傑作であった。

―おんやまあ、利家さんじゃないか!お前様ー!利家さんだよー!!
―昼餉はまだなのかい?うちんとこはこれからなんだよ、良かったら一緒にどうだい?ほら、あがってあがって!
―丁度良かったよ、今日はいいお魚が入ったんだ。塩焼きにしようかと思ったけど、利家さんがいるなら味噌焼きでもいいかねぇ。
―ちょっとーお前さまー?利家さん待たせちゃ駄目でしょう!ごめんねぇ、うちの人ったら相変わらずで。

利家の、ねねのよく響く、明朗で甲高い声い声の物真似があまりにも良く似ていたものだから、宗茂は思わず噴出した。傍で聞いていた誾千代も、すっかり不機嫌さなど吹き飛ばされてしまったようで、肩を静かに震わせて、笑わないようにとこらえているのが良く分かる。
「もうなあ、あんまり昔と変わらねぇんで噴いちまったよ。いい夫婦なのはいいんだが、いい加減開けっぴろげ過ぎだろうがってな」
前っからああなんだよあの夫婦は、と笑って一つ満足そうに息を吐き、そうしてふと遠くを見るようにして、利家は言った。

「夫婦っていうのも、色々あるもんだよなぁ。信長様と奥方様も一風変わってらしたが、秀吉もねねさんも、お前さんたちも、みんな違ってて面白いもんだ」

そうして莞爾と笑う利家に合わせるようにして、宗茂は軽く頭を下げて曖昧に笑った。
と同時に、その瞬間に感じた僅かな違和感の正体は、彼が屋敷を辞した後も、結局分からずじまいであった。
もしかするとそれは、やはり宗茂たちが話にしか聞くことのない、この気の良い男が叔父とも慕った男と、旧主の妹君の夫婦が辿った数奇な縁の綾へと思いを馳せた証拠なのかもしれなかったが、それを確認する術を、当たり前のように宗茂は持たなかった。


今、目の前には誾千代がいる。
とうに日は暮れ、時刻はすでに戌の刻も半ばは過ぎた。
こんな時間まで何をしているのかといえば、特に艶めいた理由があるわけでもない。夕刻に舞い込んだ国許からの報告に二人して目を通し、そして宗茂の分は済み、誾千代はその確認を行っている、そんな場面である。
特に火急の用というわけでなし、宗茂は別段明日に回しても良いと思っていたが、誾千代はそうではなかったらしい。夕餉が済んでさて一息、という時機を見計らうかのように、さも当然のようにして誾千代は宗茂の私室に押し入ってきて、文机の前にどっかと胡坐を組み、持ち込んだ書類を読み始めたのだった。
今更彼女の自侭な振る舞いに怯むこともなし、どのみち二人して認可を与えなくてはならない書類であったので、―領国経営に関して、自分たちは互いの点検も兼ねて、危急と判断しない限りは双方の認可が下りなければ未裁可としていた―宗茂もそのまま、ちょっと脇に寄ってくれとだけ声をかけて検分作業に入り、そうして今に至る。
気がつけば、夜が深くなっていた。
灯明は随分と明かりを強くしているようにも思え、それは時刻にふさわしく、闇が深くなっている証だ。
誾千代は満足そうに、決済の終わった書類を見ている。
そういう時の誾千代は顔は、常の彼女を表現するような、峻厳できりりとした空気はなりを顰めていて、静謐な湖面を思い起こさせるような穏やかな静けさと柔らかさを湛えていた。宗茂は彼女のどんな表情も、いつも不思議な彼女らしさに満ちているのを見るのが好きだったが、たまに見せるこういうのも悪くはない、と思った。
―いい夫婦、か。
そうやって流れる穏やかな空気の中で、ふいに立ち現れてきた昼間の利家の言葉は、奇妙なおかしみに満ちている。
確かに夫婦には違いないが、日が暮れても角突き合わせて政をやっているような手合いは、自分たちのほかにそうそういないだろう。これを評して面白いと判断するのだから、利家という男も器の大きいことである。

―しかしまあ、世にいう「いい夫婦」というものの真似事くらいは、出来ないこともあるまい。

「誾千代」
「なんだ」
「愛しているぞ」
途端に誾千代が咽せ返るのに笑う。想像通りの反応を返してくるのは、成長しないのを嘆くべきか、変わらないのを愛でるべきか。
「何だそれは」
「いや、手が空いたからな。昼のあれだ、いい夫婦とやらを実演してみた」
「…阿呆か貴様は」
「秀吉殿は阿呆ではないさ」
たまにはこういうのもいいかと思ってな、と言えば、気色悪いからやめろ、とにべもなく返された。妻からの返答としては随分と酷なものであったが、これが自分たち夫婦というものの正体であるからして、小さく肩を竦めるだけである。普段、今のような言葉を睦言ではなく戯言として認識されるような付き合い方をしているのだ、当然だろう。なるほど、いい夫婦というのは一朝一夕に叶うものではないということだ。
そんなことを考えていたものだから、ところで、と切り替えしてくる誾千代に生返事をして返した宗茂は、続く言葉で思わぬ反撃を食らったのだった。

「"お前様"、ここの誤字を修正する旨を書き添えてくれ」

そう言って、ずいと書類を突きつけてきた誾千代の顔は、残念ながら視界のほとんどを占領する書類で見えない。見えないが、受け取るためにほんの少し重なった彼女の掌は僅かに暖かく、それで宗茂は一人で得心し、一人でにやけた。
他人が見たら眉を顰められるような脂下がった顔を誾千代に見られなくて済んだのは、この際良かったかもしれない。見られたら最後、烈火のごとくに罵られただろうから。

「もう一回、言ってくれ」
「二度と言うか、薄ら寒い」
誾千代の返事はやはりそっけないものであったが、その言葉尻を全く信じてやれるほど宗茂は素直でも鈍感でもなかったので、にやけた顔のままもう一度、愛してるぞ誾千代、と笑いながら言ってやったのだった。

甘い言葉のやりとりも、所帯じみた合いの手もない自分たちだが、数限りない男女の仲から組み合わされた、それそのものが既に数奇であるとするのなら。
それが「いい」かどうかは余人の裁量に任せるとして、宗茂は今、誾千代との夫婦という関係をこの上もなく愉しんでいることを、誰にとは言わず感謝した。

ああ願わくば、この僥倖のうちに。

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無双キャラの中でも、群を抜いて夫婦っぽくない立花さんちにはこれが限界でしたとさ!(完)
後はあれです、利家の演舞楽しみだなっていう。
猛将伝+Z発売おめでとう!という記念でした。別にここでやらなくてもっていうのはいつものことで…。

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