!注意!
※無双要素皆無※
※無双要素は一切ありません。単に創作戦国。
※誾千代姫のあの超絶鬱ED伝承のお話です。誰だよこのお話考えた人って私が言いたい。
無双じゃなくてすみません。
以上の内容でも大丈夫!という方は、よろしければお進み下さい。
「テネシーワルツ」を聞いてたらこんな事に。江利チエミ恐るべし。
眩し過ぎる月の光は毒になると、そう言ったのはあの人だった。
同じ声でこの間、私をさんざんに怒鳴った人は今、どこにいるのだろう。
もう瀬戸内は越えただろうか。堺の港、淀川のたもと、どこぞ宿でも取って休んでいるのだろうか。
私の知っている宿だったら、何となく不快だと思ったけれど、一つ息をしたら、もうどうでもよくなっていた。
怒鳴られたのは何も、あの人が狭量だったからではない。
私が怒らせたからだ。それはもう、心の底から怒らせた。
だって、会いたくなかったから。
こんな風にやせ細った私は、きっとあの人を怯ませて、後悔させて、悲しませて、それ以上に、都合のいい感傷に浸らせると思ったから、そこまで都合のいい女になってやるつもりはなかった。
といっても、あの人にとって都合のいい女だった時期は、とうに過ぎてしまっていたのだけれど。
今は今の、都合のいい別の女が、あの人の傍にいるのだし。
そんなわけで、一目でも姿を見たら舌を噛んで自決しますと力の限り叫んだ私を(家に入れずに事を伝えようとするのは、なかなか骨が折れた)、あの人は垣根越しに、戦の時だってそんなに大声を出さないだろう、という声で怒鳴った。
「今生の別れもさせないつもりか」と、本当に本当にひどい怒鳴り声だったけれど、それがあまりに優しい睦言だったものだから、(最後に一目でもなんて、何という感傷的な響きだろう)私は笑顔で「末永いご武運を」と叫び返した。
本当はせめてしおらしく言いたかったのだけれど、垣根越しなのだ。仕方がない。
今更毒にかかったところで、死ぬのが三日先か一月先か程度の違いだろう。だったら、もう好き勝手させてほしかった。
といわけで、実は先より、私は一人でほとほとと歩いている。
今夜は恐ろしいほど月が明るくて、真昼の日差しよりずっと痛い。どこもかしこも隠れようもなくびっちりと照らされているものだから、折角の夜だというのに、何もかもが暴かれるような気味の悪い落ち着きのなさばかりが目立っていた。
気味の悪さでいえば、今の私も相当なのだと思う。何せ、骸骨と大して変わらない姿形なのだから。
ああ、病なのだなと自覚したのはもう1年以上前だ。日々が何となく気だるさのうちに過ぎるようになって、食を取ることが鬱陶しくなって来た頃からは、驚くほどはっきりと弱った。
そして、弱ったからといって特に困ることはなかったので、放っておいた。
おおよそ一番に困ったのは身の回りの世話をしていた三人の侍女たちで、彼女達に「お前達のせいじゃないよ」と説明するのが、私の一日の仕事になったくらいだ。
あの人は最近知ったようだったが、一言、好きなようにしてほしいとだけの文を寄越した。
そういう物分りのよさ、特に私というものへのおそろしいほどの理解の深さというものが清々しく気持ちよくて、また同じくらい、悲しかった。
とまれ、そんな死にそこないの女が一人、月夜を徘徊している。
そして本人は、どれほど歩いたのか、実はわからなくなっているという始末。
ここしばらく外出すらしていなかったものだから、足が歩くようにできていない。右足の親指と人指し指の間がじんじんとして、先ほどから何かがぬめる感覚もしているので、もしかすると、擦れて血が出ているかもしれない。しかし不思議と、痛みはない。
不思議と言えば、息もあがらない。
痛みがないなら、苦しくないなら、歩みを止めるいわれはない。
だって、月があんなに煌々としていて綺麗。
満月にちょっと足りないけれど、それがかえって、とてもいい。
じっと見ていると、潰れてしまいそう。
そういう時は、どうするの。
眩し過ぎる月は、水面に浮かべて見るの。
私は昔、あの人にそう教えたものだった。
まだ、婚儀をして少しくらいのころ。
改めて数えてみたら、今の半分よりもまだ少ない歳だったのだから、もうずっと昔のことなのだろう。
今日みたいな月の夜、眠れなくて縁側で時間を潰していた。
あの人も眠れなかったのだろう、私を見つけて、毒になるよと声をかけて諭した。
私は幼くて、馬鹿のように幼かったから、そんなことありませんと、しなくてもいい反駁をした。
私はいつもそんなふうにして、何でもないことに苛ついては、あの人にぶつけて甘えていた。
あの人は驚いていた。そしてちょっと、眉を顰めた。
またいつもの癇癪かと不快になったのかもしれないけれど、最近は都合の悪いことは忘れるようにしてしまったから、もうよく思い出せない。
とにかく反論した手前、私は何とか回答を見つけなくてはいけなくて、慌てて庭に飛び出した。
庭には池という名の貯水場(要は籠城の時に使うやつだ)があって、そこの水を両手一杯に掬って、目を丸くしているあの人の前に走っていって、言ったのだ。
水の上の月なら、そんなに眩しくありません。毒なわけ、あるもんですか。
びしょびしょに濡れた袖も袴も気にせずに、そんな突拍子もないことばかりをしたこの妻を、どう思ったかは知らない。
あの時は素晴らしい思いつきのように思えたけれど、今思えば、何て幼稚で田舎くさい。
けれどあの人は、ちょっと黙ったあと、笑って掌を重ねた。
誾千代は面白いことを知っていると、一緒になって袖をぬらして笑ったあの人が、愛しかった。
今はきっと、涼やかな御簾越しに、こんな月を見ている。
そうしてきっと、京訛りの柔らかい声と、袖を濡らさずに笑っているのだろう。
私は、古びた糊だ。
昔はきちんと糊の役目はしていたのだけれど、もういらなくなってしまった。
あの人と「立花」の名前をくっつける糊。
それはきちんとくっついて一つになったから、別のお役目をもらったのに、上手くいかなかった。
お世継ぎという大事な大事なものを、この糊はくっつけられなかったから、別の糊が必要になっただけの話。
だいいち糊というものは、いっぱいのものをつけてくれるほうがいいに決まっている。
世の中はくるくる変わる。城も国も飲み込んで、日の本なんていう大きさで事が動くような世の中。
親が勇名を馳せた武将といっても、鎮西の片田舎の姫君では、いかにもいかにも心細い。
中央の政に関わっていくには、それなりの人脈とか、縁故とか、そういうのが必要なのだ。
例えば、派手ではないけれど顔の効く大名の、口利きとか仲人とか。
例えば、名前はそれほどではないけれど、母親が大納言某の後妻だとかその妹が御所の女房だとか父親の姉が関白の家臣の妻で将軍様の弟がその後見だとか、適当に聞き流していたけれどとにかく立派な公達の血筋だったりとか。
だから、あの糊は良い糊だ。
お世継ぎをくっつけてくれるかはどうかは様子を見ないとちょっと分からないが、色んなものを手放さなければならなくなった今のあの人を思えば、目覚しい活躍を見せてくれるだろう。
でも、あの人を昔の姓で呼ぶ人はいない。
誰も私を、父からもらった役職の名で呼ぶ人はいないように。
だからこっちの糊は、もういらないのだ。
これはとっくに干からびてしまったから、ぽろぽろと剥がれたところで、もう何の影響もないのだろう。
ぽろぽろと剥がれるのは、命も一緒だなとぼんやりと悟った。
あの人もいつか、今の糊と一緒に剥がれて死ぬのだろうか。それともまた別の、別の別の糊と一緒に?
糊の少ない人生のほうが外聞はようございますわよ、とあの人に教えてあげたかったが、やっぱり都合のいい女になるようで、それはよしておこうと思った。
いったい、どこまで歩いたのだろう。
もう帰れないよと言われたところで、本当に帰りたい育った山はもっとずっと遠くだったし、懐かしい私の城はとうに潰されてしまっていたから、大した感慨もないけれど。
肌が、ひりひりとしてきた。
やっぱり、月の毒かしら。
痛いというものとは違う、けれど背筋をざわざわとするような感じ。
横の茂みにかがみこんで、ちょっとだけ吐いた。といってもここしばらくはほとんど水しか口にしていなかったから、出てきたのは黄色くて据えた臭いのする液体が少しだったけれど。
袖で拭くのも何となく躊躇われて、何とはなしに周りをみると、少しさきに開けた場所が見えた。
煌々と照らされた灰色の地面に、突如としておかしな丸が浮かび上がっている。
あれ、と思ってふらふらと近寄ってみた。
井戸。立派な井戸だった。
こんなに周りは明るいのに、そこだけぽっかりとまるくて暗くて、ちょっと異様だった。
置いてあった手桶に張られてた水で、口を濯ぐのには充分だったから、別に井戸自体には用はなかったのだけれど、その暗さがあんまり見事だっただから、何の気なしに近くの小石を放ってみた。
-たっぷん。
この世が終わったのかしらと思ったくらいの間のあとに、確かに飛沫の音がした。
たぷん、ちゃぷん、ちゃぷちゃぷ、とぷん。
あんまりにも豊かに響くので、私はちょっと嬉しくなった。
もう随分と乾いた糊だけれども、水をたっぷりたっぷり含ませたら、また、くっつくのかしら。
いかにも拙いその思いつきは、けれどとても魅力的のように思えて、私は急に嬉しくなって、ぐいと身を乗り出した。
見ればはるかな奥底、暗く静かな水面に鮮やかに浮かんだ月の、何て綺麗なこと。
そう、やっぱり、こんな月は水面に浮かべて見るもの。
もう一度掬って見せたら、あなたは笑ってくれるかしら。
もう一度笑って。笑って。笑って。愛しい。愛しい。憎らしい。悔しい。口惜しい。口惜しい。苦しい。苦しい。笑って。私に。私を。もう一度。笑って。愛しい。私を。愛しい。もう一度。帰りたい。帰りたい。帰りたい。もう一度。もう一度、笑って。
ほら、こんなに綺麗。
------------------------------------------------------
女性作家っぽい感じを狙ってみたのですが、まぁ読んだ事ないものを模倣しようなんざ100年早いですよねって結論でした。
ぶっちゃけ永井路子先生と川上弘美先生くらいしか読んだことない(これはひどい)