あけましておめでとうございます。
本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
…と、15日を過ぎてから言う…orz 筆不精で申し訳ありません。
15日に間に合いませんでしたが、相変わらずの季節ネタでございます。
「正月も終わりだな」
今年も忙しかった、と宗茂は前を見たまま呟いた。
「まだ始まったばかりで何を言うか」
誾千代も前を見たままで返せば、その通りだと小さく笑ったのが右肩越しに伝わってきた。
そうして会話は途切れ、二人を隔てるように置かれた火鉢の中で、炭がぱちりと爆ぜた音だけが聞こえる。
かろうじて雪を免れた曇天の元、ここ香椎宮では着々と、左義長の準備が進められている。
勧進元である立花家の家臣たちや家人に混じって、白装束の神職がせわしなく動いている。
誾千代と宗茂が並んで座る社殿の前に、程よく開けた広場では、彼らの手で見事に組み上げられた竹の楼が建ち、神事の始まりを待っていた。
土台を支えている縄の緩みはどうか、燃すものはもうないのか、庫裏の用意はどうだと、男たちの声が行きつ戻りつする度に、真白い吐息がまばらな円を作っては消えた。
この風景を見ると、先ほどの宗茂ではないが、ああ正月は終わるのだ、と誾千代は思う。
正月だからとて特段浮かれるわけでもないが、松の内での延々と続く行事と宴の日々を思えば、ほっとするというのが正直なところだ。
何せ誾千代は、名誉ある立花家の継承者であり、立花山城の主なのである。家臣はもちろんのこと、各方面からの年始の使者の対応だけでもかなりの重労働だが、それとともに年中行事をこなさなければならない。
武芸始めなどはいいとしても、連歌だ謡だと延々と続けられては、中々に息を吐く暇もない。
この身を包む、真新しい素襖にしてもそうだ。
(やっとこれを脱げる)
そう思うだけで、心が何ともいえない開放感に満たされた。
ちらりと、右隣の宗茂を見やる。
日頃の自侭な態度などおくびにも出さない背筋の通った居住まいは、若年ながら、まさに武家の棟梁といった堂々とした風情だ。
深い紺の素襖姿も堂に入っていて、実に見栄えのする格好であった。
もちろん誾千代とて同じような出で立ちではある。
・・・というより、正確には「同じような」ではなく、「全く同じ」であるのだが。
話は、去年の暮れに遡る。
新年の行事には、当主は正装で臨まねばならない。
そのため例年、霜月になると古くから立花家に出入りしている反物商を呼び、新年用の着物を誂えるのだ。
生地選びに同席した侍女たちが、此度も打ち掛けをお召しにはならないのですね、と口を揃えて無念がったが、これも例年のことだったので、誾千代は常のごとく聞こえないふりをした。
確かに立花家の女子としての正装だとすれば、打ち掛けが妥当である。
しかし誾千代は同時に立花山城の軍事裁定権を持つ城督であり、その立場で表に出ることがほとんどなのだから、武家の正装であるところの素襖が正しいと、誾千代は思っていた。
もちろん普段から実用一本、小袖に簡素な袴で通しているので、足捌きもおぼつかない打ち掛けなど真っ平御免だ、という気持ちもあったのだが。
色味が足りない、華がないと言いながら、それでも山ほどの反物の中から一つ、侍女たちがこれはいかがでしょうと差し出さした反物は、確かに誾千代の好みそうなもので、そこはさすがに彼女たちの面目躍如たる審美眼であった。
地の色は深い紺だが、よく見ると細かな線が斜めに織り込んであり、柔らかな明るさがある。濃紺はともすると畏まった空気を前面に押し出してしまうきらいがあるが、それを上品に避けた、いい色だった。
「これで作ってくれ」
そう命じると、馴染みの反物商は、おや、と面白そうに目を細めた。
「旦那様からも、同じ生地でのご注文を承っております」
それでは別のものにするか、と言いかけた誾千代は、侍女たちがすかさず差し挟んだ「ご夫婦でお揃いとは縁起がよろしゅうございますね」という意見―勢いとしては強制に近かった―に、押し切られた。
他に気に入った生地がなかったという消極的な理由もあって、結果として、宗茂と揃いで誂える羽目になったのである。
その時は、まあ揃いというのも統一感があって良いかもしれない、くらいに思っていた。
それがいざ袖を通してみたところ、それは全く見当違いであったことに、誾千代は気がついた。
元旦の、今年一番の朝議にて。
謹賀の挨拶を述べるべく集った家臣たちは、もちろん折り目正しく振舞ってはいたが、やたらと誾千代と宗茂の姿を眺めやっては微笑むのである。当たり前だが、普段はこんなことはない。
顕著だったのは年のいった古株の者どもで、まじまじと自分たち交互に見比べて、際限なく相好を崩した。中には涙を浮かべるものさえ出た始末である。
各地より訪なってくる使者たちも、自分たちの出で立ちを見るや否や、口を揃えて「ご夫婦の仲睦まじさ」を協調してくるのには、さすがの宗茂も苦笑していたくらいだ。
とにかくこの装束で立ち会う場面場面の全てにおいて、誾千代は常に柔らかな、あえて言うなら生ぬるい視線にさらされるという経験をすることになったのである。
―要は新年早々、いい見世物になってしまったというわけだ。
多分に好意的に受け入れられている証拠なのだろうが、全く想像していなかっただけに、誾千代は大いに閉口した。
夫婦が同じ服を着るというのはそんなに珍しいことなのだろうか、というのは世の中の夫婦のほとんどを知らない誾千代には答えの出ようもない疑問であったが、よほどのことなのだろうか。
それとも何か特別な意味合いだとか、因縁などがあるのだろうか。
こと軍学や政に関しては、誾千代は決して人後に落ちないと自負するだけの知識があったが、そういう類の見聞は、驚くほどに乏しかった。
ふう、と一つ、ため息を吐く。
針の筵にも似た正月であったが、この左義長で終わりだ。この装束も、ようやくお役御免である。
散々な目にあったが、それも平らかに正月を過ごせた証であると思えば、何ということもない。
今年からはこういった事態が起こらないように、自分で気をつければ良いだけだなのだ。
―ただ誾千代には少し、気になることがある。
この件について、ついぞ宗茂に意見を求めたことはなかった。
宗茂はからは、何も言わなかった。初めてこの姿を見たとき、ただ「ああ、いいな」と言っただけだった。
この男の性格から考えて、何か揶揄の一つでも投げてくるかと思ったが、周囲の反応とは正反対に、彼は何も誾千代に言わず、ただいつもと変わらず、共に当主としての役目を全うするだけだった。
自分と同じ衣装を纏って傍らにある誾千代を、宗茂は一体どう思ったのだろうか。
一番可能性が高いのは「どうでもいい」と感じているのだろうと想像はできた、何となくそれでは面白くないと思うのは、自分の中に時々現れてくる不可思議な感情の発露なのかもしれない。
今なら、聞けるだろうか。
視線を動かさないままで、誾千代は静かに、宗茂に問いかけた。
「宗茂」
「何だ」
「すまなかった」
「何がだ」
「同じ装束など、とんだ見世物だ」
「なぜお前が謝るんだ」
「なぜって、」
「よく似合っている」
言葉を遮られた誾千代が、思わず宗茂を見やると、彼は前を向いたままのおどけるように首を傾げ、小さく笑っていた。
「不思議だな。俺と同じなのに、お前にだけ許された姿のようにも見える」
そうしてこちらに視線を合わせるように振り向いて、今度はゆっくりと笑った。
「よく似合っている」
宗茂の性格で一番に厄介なところは、こういった無自覚の賞賛にあるのだと、誾千代は知っている。
知っていて簡単に引っかかってしまうのだから、実に厄介なことこの上ない。
ああ、まったく、この男ときたら。
「ま、急に弟が出来たみたいで面白かったけどな」
誾千代の心情など全く忖度せず、早速茶化しはじめた宗茂に、僅かに火照った頬を自覚しつつ、わざとらしいため息を吐いて応えてやる。
「…貴様は相変わらず、一言多いな」
「おかげさまで」
一体何がおかげさまかと言おうとした、その時だった。
「お待たせいたしました、準備が整いましてございます」
宮司の声がかかり、そうして自分たちの職務を思い出す。
改めて正面を見やれば、竹と縄の楼は揚々と組み上がり、そこに大小様々な注連縄、松飾りが神具と共に整然と飾りつけられている。近隣の信仰を一身に集めるこの宮らしく、豪華だが、確かに荘厳な仕上がりであった。
これを燃やすことによって、本年が良いものであることを願いつつ、新年に迎えた歳神を再び送り返す。それが正月を締めくくる、この行事に込められた由縁である。
「そうか。では、我らも行こうか」
言うや否や、すいと立ち上がった宗茂は全く悪びれもせず、誾千代に向かって掌を差し出した。
さも当然のように伸べられるそれに、誾千代はもう一度、心の中で呟かずにはいられない。
・・・まったく、この男ときたら。
「・・・そうだな」
答えて、宗茂の手を取った。癪なので、少し震えたのは伝わらなければいいと思った。
ただ触れた袖口が、自分のものと同じ肌触りだったのが、少し可笑しかった。
今年一年が、誰にとっても良い年であるように。
誰も損なわれることなく、悲しみに見舞われることなく、幸多い年であるように。
どうかこの暖かい手が、今年も変わらず、己の傍らにありますように。
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どんと焼き(左義長)は、福岡の方だと「奉献行」と言うそうですね。勉強になりました!(そしてタイトルに困っていたのがバレバレである)
まさかのペアルックですが、ぎんちゃんがああだからして、案外確率が高いのだろうか。
ラブラブというよりは、兄弟のTシャツ借りる的なノリ。