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本当はにゃんにゃんにゃんの日(2/22)の時にぼんやり考えてた小噺だとかね、もうね…。
脳内季節感のなさだけは自慢できるほどに狂っております。
あと予め謝っておきますが、絶賛ラブラブさせたい期(※当ブログ比)です。
世の中の立花描きさん天才じゃろ!もっと増えていいのよ!いや増えろ!(強制)



鼻に感じるちくりとした痛みで、宗茂は覚醒した。


うっそりと目を開けると、そこにあるのは、柔らかな乳白の毛並みだった。
(獣?)
宗茂が未だ明らかではない意識でそう思ったのを察したか、目の前に佇む生き物は「にゃぁ」と小さく啼いて、宗茂の鼻を更に甘く噛む。
その後で、申し訳程度の甘えのようにちろりと舐めてくる仕草は、よく知った誰かを彷彿とさせたが、鼻先に感じるさりさりとしたざらついた感触は、確かに獣独特のものだった。
「…ねこ、か」
寝起き独特の掠れた声で呟く宗茂に応えるように、猫は今一度「にゃぁ」と啼いた。

梅の季節はとうに過ぎ、気がつけば桜の盛りも過ぎて、もう卯の花が見ごろともいう時節である。
年中一番に麗らかな、こんな季節の縁側というものは恐ろしいもので、気がつけば寝入ってしまっていたらしい。
これが知れれば誾千代の雷は確定だ、とまるで他人事のように思いながら、宗茂はゆっくりと体を起こしつつ、突如現れた、目の前の小さな闖入者を眺めやった。

全身真っ白の、猫である。

宗茂を見上げる肢体はすんなりと細身で、純白の毛並みが実に似つかわしい。
ぴんと張った耳は聡明な印象を持たせたし、ゆるゆると波打つように揺れる尾は適度な細さで、やや短めなのが、却って愛嬌があった。
何より、その瞳の形が美しい。
くっきりとした曲線で描かれた、濃い飴色の大きな瞳で、猫はじっと宗茂を見上げてくる。その強い輝きはまるで、大粒の琥珀のようだ。
「綺麗だな」
素直に驚嘆して覗き込むと、一寸怯んだかのように体を引くのが可笑しい。ますますどこぞの誰かのようで、宗茂は一人で微笑した。
はて、一体どこから紛れ込んできたものか。
栄養不足で痩せぎすだったり、逆に意地汚く肥えているような野良とは明らかに異なる雰囲気がある。明らかに人に飼われている猫だ。
この伏見には、日の本の名だたる大名やその家臣がひしめき合っていることを考えれば、どこぞの御大尽の愛玩物かもしれない。
「お前、どこからきたんだ?」
前足の脇に両手をすべりこませ、ひょいと抱え上げる。猫は存外大人しく、小さく鼻を鳴らしただけで、くったりと宗茂の腕にぶら下がった。
目の前に広がる柔らかそうな腹が、息をする度にわずかに上下する様を何とはなしに眺めながら、なるほど誾千代が猫を好くはずだ、宗茂は思った。

誾千代はああ見えて、とかくやわっこいものが好きである。
本人は逐一否定するが、実に分かりやすく、毛の長い獣の子やら、ちょこまかと動く栗鼠やらを見ると、途端にそわそわと落ち着きが無くなる。
宗茂にはあまり理解できないのだが、小さく愛嬌のあるもの、柔らかく暖かいもの、そういったものに極めて弱い。
その度合いは相当なもので、女子にはよくある嗜好の一つと知り、おかしな病などではなくて良かった、と密かに胸を撫で下ろしたものだ。
なるほど確かに、このふくふくとした柔らかな感覚は、とても心地が良い。
仄かに暖かいのもあるが、何ともいえない安堵感に、ついつい頬が緩んでくる。
抱え上げた格好のまま、一番に毛の盛り上がりが良い胸辺りに鼻先を突っ込んでやると、むずがるように脚をばたつかせて、ぐぅ、と喉奥を鳴らすものだから、ますます宗茂は面白くなった。
脇に息を吹きかければ尾を振って嫌がるかと思えば、膝に降ろして眉間の辺りを撫でてやると心地よさそうに目を細め、耳の裏を撫でるとくぅくぅと啼く。
そうして、我知らず猫との戯れに夢中になっていた宗茂に、来客を伝える小姓の声が届いたのは、おおよそ半刻も過ぎた頃だった。


「機嫌が良さそうだな」
太閤殿下からの使いという名目ではあったが、蓋を開けてみれば何のことは無い、その奥方からの菓子の差し入れを届けるという暢気な役目を仰せつかった-それは彼にとっては立派な大役であろうというのは察せたが、あえて口にはしなかった-清正は宗茂を見るなり、茶を啜る手を止めてそう言った。
常と変わらぬつもりでいたが、夫婦揃って何かと厄介になるようになってからというもの、結構な時間が経っている相手だ。ちょっとした気分の変化も見える様になったのかもしれない。それは良かったと、宗茂は素直に友人の変化を喜んだ。
「ああ、猫と遊んでいたんでな」
行儀が良くて綺麗なんだが、実にからかいがいがある猫で、と宗茂が続けると、清正は途端にああ、とちょっと頬を緩めて和んだ表情をした。

「何だ、誾千代か。お前、本当にあいつが好きだな」

瞬間、宗茂はよほど間抜けな顔をしたに違いない。
それを正面から見ていた清正が、思わず胡坐をかいていた自身の膝に茶をこぼし、慌てるほどには。

「待て、清正。いくらお前でも、寝言は寝てから言うべきだ。誾千代が何だって?」
「…お前はいい加減、悪気無く人をこき下ろす癖を何とかしろ…」
そう言って、熱湯に晒された己の膝をさすって痛みを堪えているような清正は、心底うんざりした態ではあったが、少しも宗茂を担ごうとしているそぶりはない。そもそも、そういったことに頭が回らない男であることは、誰より宗茂が知っている。
「清正、俺は誾千代が何だと聞いているんだ」
「いや、だから…お前の家の猫だろう、誾千代は」
違うのか、と真顔で問われるに至り、ついに宗茂は言葉を失くす。

―誾千代が?猫?俺の家の?

すると、まるでそのやり取りを聞いていたわけでもあるまいに、自室に置いてきたはずの件の白猫が、するりと客間の襖の間から体を入れてきた。
そのしなやかな姿を見るなり、清正はほっとしたように息を吐き、やれやれと肩を落とした。
「何だ、やっぱり誾千代じゃないか」
宗茂の困惑を他所に、何でもないことのように途方も無い事を言い放つ清正は、至極慣れた所作で手招きをした。猫の方でも相手を良く分かっているのだろうか、優雅な歩みで近寄って、差し出された武骨な掌に額を擦り付ける。
「なあ、お前のご主人、どうしたんだ」
苦笑しながら、清正は猫の顎下辺りをくるくると撫でると、まるで「さあ」とでも言わんがごとく、猫は喉奥を鳴らしてじゃれつく。
「…話がよく見えないんだが」
すっかり置いていかれた形になった宗茂だったが、とにかくその光景は何とはなく不愉快だったので、清正の膝近くから猫を引っぺがし、無理やり己の膝の上に乗せた。猫はぐるぅ、と唸って嫌がるそぶりを見せたが、そんなことはお構いなしだ。
「いや、だから。お前の猫だろうが。その誾千代は」
何が何だか分からん、とまるで宗茂と同じ感想を口にして、清正はこう続けたのである。

―お前の家に昔からいる猫だって、お前、自分で言ってたじゃないか。
―先代が大事に育てたいわく付きで、まるで誾千代の方がこの家のご主人、俺は入り婿だってふざけてたのはどこのどいつだよ。
―それに、お前も大概溺愛してるじゃないか。家では好き勝手に遊ばせてるし、客が来ればこいつの自慢ばかりだろ。どれだけ俺がつき合わされたと思ってるんだ、全く。
―まあ、確かに可愛いよな。賢くて行儀も良い、毛並みも艶も上等だし、慣れてくるとちょっと愛想が出てくるのも、たまらないよな。
―…何で不機嫌になってんだよ。今日のお前、いつも以上に変だぞ?


とっくに日が落ち、今は灯明の頼りなく揺れる火に照らされた自室の天井を、宗茂は眺めている。
思うところがあるので、と人を遠ざけたこの部屋は、驚くほど静かだ。梅雨の雨音にはまだ早く、虫の音が届くにはなお遠い。
何より、誾千代がいない夜は、こんなにも静かなのだと思い知る。

あまりに突拍子のない事を言い放ってくれた清正を適当に追い返して、宗茂は半信半疑のままではあったが、とにかく行動を開始した。
どうせ知った家にでも遊びに行っているのだろうと思い気にもしていなかったのだが、屋敷のどこを探しても、確かに誾千代の姿は見つからなかった。
行方を聞こうと捕まえた侍女達は、皆いっせいに、お足元におられますのにと不思議がり、誾千代の自室であった場所は、小奇麗な調度品置き場―侍女達曰く、”誾千代さま”の寝床として申し分ない設え―になっていた。
そうしてはたと思いつき、宗茂は調べたのだ、立花家の家系図を。
普段は自室の床の間の天袋に細工をして隠してある、誾千代が殊の外大切にしているそれは、旧主の類縁から枝分かれした時分からの歴代当主を列記したもので、末尾には自分達夫婦の名が確かに刻まれている、はずだ。
可能性は低かったが、いかに近辺の者達が清正ぐるみで自分を謀ろうと一計を案じたとて、さすがにそこまで手が及ぶことはあるまい。
だがしかし、はたしてそこに、誾千代の名は無かった。
先代の名の次には、ただ己の名と、「高橋家より養子」との一行が添えられているだけだった。
そこまできて、ようやく宗茂は事態を認識した。
自分の知る、誾千代という名の女性はこの世界には存在せず、この猫こそが、「誾千代」と呼ばれるものであるということを。

ふっと視界が暗くなり、同時に胸に確かな重みを感じる。いつの間にそこにいたのか、猫は床に寝そべったままの宗茂に乗り上げて、丁度顎の辺りから覗き込むようにして、こちらを見ていた。
大きな瞳をくるりと瞬かせながら、なぁん、と小さく啼いて首を傾げる仕草はどこか頑是無い幼子のようで、もしかしたら、宗茂を心配しているのかも知れなかった。
「…誾千代?」
寝転がった時特有の、ややくぐもった声のまま宗茂が問うと、猫は「そうだ」とも「違う」とも取れるような声で、にゃぁ、と応えるだけだった。
やっぱり猫の言葉ではわからないな、と当たり前のことを思ったが、そもそも自分たち夫婦はそれほど豊かな言葉を交換していたわけではない事を思えば、大した変化ではないのかもしれない。
何とも表現し難い心地になって、宗茂は猫の誾千代をそのまま腕で囲い、ごろりと横向きになった。
猫はわずかに身じろぎをしたようだったが、押しつぶされる心配はないと理解したのだろうか、すぐに大人しくなった。
「まあ、猫みたいだと思った事はあったが…まさか本当に猫とは、な」
腕の中の生き物はいかにも心地の良い暖かさで、撫ぜると指の間をするすると滑ってゆく毛の手触りも相俟って、宗茂をひどく和ませる。
その温かさは何故かしら、馴染み深い。
(誾千代)
誾千代は、本当にいなくなってしまったのだろうか。もう二度と、彼女に会えないのだろうか。
(…どうだろうな)
僅かに感じた不安を察したのだろうか、猫は「心配するな」とでも言うように、しなやかな尾を仕切りと揺らした。
「何だ、励ましてくれているのか」
宗茂が苦笑すると、やはり猫は「そうだ」とも「違う」とも取れるような声でにゃぁ、と応えるものだから、宗茂はついつい笑ってしまう。
今自分が腕に抱いている生き物は、自分の知っている誾千代とは違うはずなのに、その所作は紛れもなく彼女と同じものだ。
不思議なこともあるものだが、しかし。
「俺は、あいつの方がいいな」
猫のように身軽で自侭で落ち着きが無くて、けれどくるくると変わる表情が飽きなくて、そのどれもが美しくて可愛くて、生真面目で真っ直ぐで、そしてこの世でただ一人、己の背を預けてもいいと思える、かの愛すべき伴侶。
分かってくれるか?と心の内で猫に問えば、「仕方ない」とでも言うように、猫は宗茂の首筋に顔を埋めて、ちろちろと舐めてくる。
そんな仕草もまさしく彼女そのものだったから、宗茂はくすぐったさに肩を竦めながらもひどく落ち着いた心地になって、俄かに訪れた睡魔にも抗うことなく、心安く意識を手放した。


体全体に感じる確かな温かさを、無意識により貪ろうとしたらしい。
急に鼻先に感じた馴染んだ香りは、確かに誾千代のもので、そこで宗茂は意識を取り戻した。
朝ぼらけ、見慣れた自室にはほんのうっすらと日の光が射していたが、それでも音一つないその空間で、宗茂は今まさに、褥の中で誾千代を抱いていた。
それはあの白猫ではなく、年相応に成熟した女性の、紛れも無い「誾千代」であった。
その体は宗茂が知るものと変わらず、豊かで柔らかく、しかし鍛錬された肉体独特の張りがあって、そして常のように温かかった。よく宗茂が餓鬼っぽいなとからかうと、彼女は顔を真っ赤にして怒ったが、それで一番に得をしているのは、何を隠そう、夫である自分だと、宗茂は常に思っていた。
腕の中の誾千代は未だ覚醒しておらず、瞼を閉じたまま、何か呟いていた。小さく開いた唇は艶やかで、我が妻ながら、非常に魅力的だ。
至近距離でそんな風に誾千代を眺めていると、宗茂は急に可笑しくなって、悪戯を仕掛けてやる。
袷から覗く首筋に戯れるように鼻先を潜り込ませ、ついでに小さく舐めてやると、誾千代はさすがに気がついたようで、むずがるように呻いて、体を縮こまらせる。それがまた愉快で、宗茂はぐいと力を入れて彼女の体を抱き寄せて、その輪郭を確かめるように撫でながら、首や鎖骨や顎先や瞼に、小さな口付けを繰り返した。
(ああ、やっぱり「こっち」がいい)
猫も猫で悪くは無いが、自分にはやはり、この誾千代でなければつまらない。

「…何をする」
漸く返ってきたそんな舌足らずな問いに、宗茂は笑いながら応える。
「何、先ほどの礼だ」
「…意味が分からん」
「だろうな」
お前はそのままでいいんだ、と微笑んでやれば、誾千代は気色が悪いと眉を顰めただけだったが、宗茂は一向に構わなかった。
自分の知る誾千代が、自分の知るままにここにいる事が、ただ嬉しかった。


常と変わらぬ、しかしすこぶる機嫌の良い宗茂に、誾千代が何を思ったのかは知らない。
だが誾千代が、寝惚けに任せた不機嫌さの発露に宗茂の鼻を小さく噛んだ時、いよいよ宗茂は声を上げて笑った。

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おのれ宗茂爆ぜろ。と言いながら小噺を書く自分にいい加減慣れてきました。

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