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某所に投下していた小噺その2。
いざお互いを意識してみたら、距離が分からなくなる立花ズ。そして宗茂がヘタレなのは当ブログの仕様です。

誾千代ED後の妄想が大好物です。
ていうかあのなげっぱしをどうしろというのですかこー○ーさん



燭台はその役目たる明かりを灯すことなく、闇は深い。
音もない。
褥の上で抱き合う、私と宗茂がいるだけだ。
抱き合うというには、いくばくか滑稽な形かもしれない。
休んでいたのを宗茂に抱えられるように引き起こされた私は、体を捻るようにして横座りになっている不自然な体勢だったし、宗茂は宗茂で胡坐かくような膝を抱えるような、中途半端な姿勢だった。
ただ、いびつな体勢同士だからだろう、綺麗に収まっていたから、私達はもうずっと、その形のままでいた。

どれほど経っただろうか。
「伸びたな」
宗茂はそう、ゆっくりと私の襟足を弄びながら、ぽつりと言った、ような気がした。
私はそれを、宗茂の手のひらで覆われた耳で聞く。
もう少しばかり、何事か続けたようだったが、宗茂の耳もまた私の手に覆われているから、うまく発音できなかったのかもしれない。こんなに静かだというのに、よくは聞き取れなかった。
耳奥で鳴る、嵐のせいだ。

清正が用意してくれたこの屋敷には、いつも柔らかな静寂が漂っていた。
もしかしたら清正が指図して設えたのかもしれない、その佇まいは質素にして心地よい。
ここで傷が癒えるのを待つことだ、それまで一歩でも出てくるんじゃねぇ。
生きているなら、話なんて、いくらだってできるんだからな。
自らの預かり分という待遇を盾に、隙あらば傷を負ったままでも出張ろうとする私達をこの屋敷に押し込めて、清正は穏やかに、けれど寂しそうに言った。詮索をする気にはならなかった。
そうして、傷の浅かった宗茂はそれとして、存外あちらこちらを傷付けていた私は(全く情けないことに)未だ、静養中である。

日のあるうちは、ほとんど会うことはない。互いになすべきことが違うからだ。
私は体を癒し、回復させることが至上命題であったし、宗茂はひっきりなしに訪う家臣に対応するだけで、日が暮れた。
あまり広くもない屋敷だから、たまさか顔を合わせることがあっても、声はかけこそすれ、大した話はしなかった。
いつもの私達、変わることのない私達。
立花宗茂と立花誾千代とは、まったくそういうものだったからだ。

しかしやがて日が落ち夜の闇が濃くなると、宗茂はこうして、肌を合わせにくる。
毎晩ではないが、別室で適宜休むことに慣れてきっていた私達にとっては、それは画期的なほどの頻繁さに思えた。
宗茂はけれど決して、私が床に入らないうちは来なかったし、すぐに私を胸深くに抱き寄せては、顔を見せようとはしなかった。
そして、大きく骨の張った手で、私の耳を塞ぐ。私にもそうしてくれと言う。
およそ見たことのない、何かにおびえるような宗茂に、初めは鼻白んだものだったが、すぐにその意味するところを知って、私もまた黙々とそれに従うようになった。
そしてただ、抱き合ったまま夜を明かす。
そういうときの宗茂は、まるで知らない男のように思えたが、宗茂にもまた、私が知らない女のように見えるのかもしれなかった。

従軍のうちにその存在を忘れ、静養のうちにすっかりと馴染んでしまった伸びた髪。
やはり誾千代さまは女子でございますね。とてもよう、お似合いですよ。
わずかばかり残った侍女たちが、口をそろえて称えていたのを、ぼんやりと思い出す。
その髪を、宗茂は器用にも人差し指と中指だけで、ゆっくりと巻いては解く。
ひどく癖が強く、あらぬ方向に跳ねては難儀した髪だったのだが、伸びて落ち着いたのかもしれない。宗茂はその柔らかさを初めて知るように、飽かずに弄ぶ。
そういえば、私も宗茂の髪の感触など、知らない。
そう思って指を伸ばしかけたそのとき、宗茂は俄かに動きを止め、言った。
「誾千代、俺は」
呻くような呼びかけだった。塞いだ耳には、やっと聞こえるかというような低さと、掠れ方。

「耐えられない」

何が。何に。
宗茂はいつも、はっきりとした答えや願い、心のありか、そういったものを口には出さない。
それらははぐらかされて、得意のあいまいな笑みに紛れて、いつの間にか有耶無耶になる。
けれど今、覆われた聴覚が捕らえるその声は、常にはない、真摯で厳かな響きを持っていた。
私を囲う腕は震えぬ。身じろぎもせぬ。けれども確かに心は怖れ、震えている。
顔が見たい、そう思う心のうちで、私もまた声もなく震える己を知る。
(耐えられない)
宗茂の呟きを、胸の中でなぞらえた。
ああ、そうだな。きっと私も耐えられない。

知らないならきっと、それで良かった。それでも私達は、満足していたはずだった。
兄妹のようで、戦友のようで、相棒のようで、その全てを足しても少し足りない。
その足りないものの正体を知らないままでも、私達はうまくやれていた。世の形にあてはまらない関係に、不安など感じたことはなかった。
家のため、家臣のため、民のため。
やらねばならないことは山ほどあったから、多くを語らずとも理解できる、ように思えてた互いを、単に重宝だと思っていた節すらあったのだ。
もしかしたら、宗茂は知っていたのかもしれない。
それがいつのことだという確証はないが、知っていて、知らないままでいようとしていた。
そうすることで、宗茂もまた、逃げていたのだ、この感覚から。
その判断は、まったくもって当然のことだったのだと、今はつくづくと思い知る。
それは戦にはいらない。政にも不要だ。私達のなすべきことの前に、それはどれほどの妨げであろうか!
私達。二人の当主、二人の「立花」。
その前にあるものとして、これはあまりに頼りなく感傷的で、魅惑的に過ぎる。

離れれば、無事であるかと気がかりになる。私の預かり知らぬところで、苦しんでいないかと心が裂ける。
触れれば、その暖かさに安堵する。そこにあることそれだけで、わけもなく心が鎮まるようでいて、逸る。

思いをめぐらせる、それだけで眩暈がするようだ。
足元がすっぽりと暗闇に覆われるような、一人立つことさえも覚束なくなるような感覚。
ひどい不安と心細さと、相反するような、胸の奥深くを満たすよろこび。
不確かさと甘やかさの波は、いつ果てるともなく寄せては返し、それは時折ひどい勢いをもって押し寄せてくるのだ。
宗茂はいつともしらない、収まり去っていくそのときを、待つのだという。
こんなものはいつか消える、お前は聞くな俺も聞かないと、私の耳を塞ぎ、己の耳を塞がせて、じっと息を忍ばせる。
そして私はというと、宗茂のされるがままにされながら、しかし心は確かに波頭の激しさを聞き、ただ呆然と立ち竦むのだ。
耳を塞げば、遠のくだろうか。
抱き合えば、紛れるだろうか。
ああ、私達は、どうなるというのだろう。

(耐えられない)
お前を失うこと、分かたれること、私の知らぬ間にお前が奪われる、その可能性が。
けれどそれが、私というもの、私達というもののあり方を変えてしまうかもしれないということが。
耐える強さも流される勇気も、どう求めてよいのかわからない私達は、滑稽にも身を寄せ合って震えている。

例えるなら、それは嵐だ。

今まで経験したことのないような、凄まじい嵐。
ごうごうと、風が吹きすさぶ音がする。
遠くに近くに、雷鳴の轟き叫ぶ声がする。
どくどくと鳴る地鳴りはその勢いを止めることなく、波はひたすらに打ち寄せて荒れ狂う。

どんなに静かな夜にも、お前の手に包まれた瞬間から、私の耳はそれらに支配され、逃れるすべがないのだ。
嵐がくる。嵐がくる。
とても、おそろしい。・・・ああ、おそろしいな、宗茂。

そうして私達は、ただじっと抱き合ったまま、それが過ぎ去るのを待っている。
夜はまだ、明けない。
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