初っ端なので、軽いジャブな何かにしようと思ったら纏まりきらなかった罠
「冗長だな、その上つまらぬ」とすっぱり言い切る嫁は本気で男前だと思います
物書き的にあれほどツラい評価はないwwwwwww
くぁ、と一つ欠伸をすると、膝の上を陣取っていた三毛猫も、釣られてぐみゃあとおかしな鳴き声を上げた。
先日までの戦の日々が嘘のような、長閑な午後である。
これこれ、これが一番なんだよねぇ。
鬼のような形相で「今日こそ成敗させていただきますよ、大殿!」と叫ぶやいなや、厳島の再来かとでもいうがごとくの数多の臣下を引き連れて、猛然と自室を整理しはじめた輝元に押し出されるような形で、元就は離れの縁側で一人(と一匹で)、日向ぼっこと洒落込んでいた。
と、細めた目に人影が映る。
濃紺の素襖に包まれた上背のある広い背中、すっと伸びた姿勢も立派な後姿は、ここ安芸で先から開かれている合議ために筑前から来ている立花宗茂だ。毛利家臣が大殿部屋の整頓に総動員されたおかげで、暇を持て余しているという態である。
その宗茂の向かいで小さな顔を耳まで紅に染めているのは、輝元付きの侍女であったか、桜色の小袖が愛らしい少女である。
大殿の天下取りを支えた武功並び立つもののない将であり、はたまた大変な男ぶりでも天下に名だたる宗茂を前に、初心な少女は手を上げては下げたり、顔を伏せたり上げたりと、非常に分かりやすく慌てているようだった。だが、一向に迷惑そうにも見えないあたり、おおかた宗茂が何か艶めいた(ようにも取れる、といった程度の意味合いの)言葉でもかけているのだろう。
(まったく、毎度ながら人の悪い)
宗茂は自分の容姿がどういったもので、それがどう他人に影響するのか、呆れるほどによく理解している。そしてそういった己の言動に、相手がどう反応するのかを楽しむという、実に人をくった趣味の持ち主である。
まったく、人一倍、いや二倍も三倍も見目の優れた人間にしか許されない趣味ではないか!
(少し、灸でも据えてみようか)
元就とて、時にこの孫ほども年の離れた優秀な副将を、からかってやるくらいの人の悪さがあるのだった。
「宗茂」
少し声を張り上げて、おいでおいでと好々爺の顔で手招きをしてやれば、気が付いて振り向きはしたものの、何かよろしくない空気を嗅ぎ取ったのだろう、秀麗な眉を顰めて、しかし娘には気づかれないようにするあたりがまさに宗茂というところで、それがまた元就には面白くない。全体、そういう才能をどこで獲得するのだろうか。これでいて年期の入った妻帯者であるのだから、まったくもって世の男性諸氏を馬鹿にした話である。
何度も頭を下げて、ひどく恐縮して走り去った少女の姿が完全に見えなくなったのを確認して、元就はさて、と縁側近くに来た宗茂に笑いかけた。
「ちょうど今、誾千代の声が聞こえてね」
因みに、その細君―というには余りにも個性的で勇ましい女性ではあるが、随一の美貌の持ち主であることもまた確かである―の誾千代は、この安芸から遠く離れた筑前で、立派すぎるほどに宗茂の留守居を勤めている。
「”風吹けば 沖つしら浪 たつた山”―だ、そうだよ」
一瞬宗茂は戸惑ったようだが、すぐに元就が何事を言いたいのかを理解したようだ。
顰めていた眉を、もう一段階ほどきつくして言った。
「”よはにや君が ひとりこゆらむ”―ですか。誾千代がそんなこと言いますかね」
「あれでいて案外、そういう子だと思うよ。それにね、宗茂」
好々爺の面を付けたまま、元就は続ける。それはもう、長閑に。
「誾千代が化けて出てきたら、実に強そうじゃないか」
きっと素晴らしく美しくて勇壮な雷の女神様だよ。そうなれば筑前は、雷神が男女で揃い踏みだねぇ。「勝手に対にしないで下さいよ。あれを道真公に押し付ける勇気はありませんし、」
とまで言ってから、宗茂はわずかばかり語調が強くなっていたことを反省したように、一旦息をつく。そして、ふっと肩をすくめて笑う。
「一応、俺の妻なんですから」
一応、とつくのがふさわしいのがこの夫婦の面白いところで、元就はそれが気に入っていたから、そうだね、とうんうんと頷いた。
だったら、いたいけな女の子をからかって遊ぶもんじゃないよ。
「誾千代風にいうなら、”冗長だ”ですよ、元就公」
毛利の皆さんは元就公の書物整理という大戦に取りかかっているようなので、明日には立花山に帰りますよ。誾千代にもそう伝えておいて下さい。
元就の冗談に乗っかるようでいて、しっかり皮肉を返してくる宗茂に、元就は「輝元にも言っておくよ」と軽く受け流した。
では、とそれでもきっちりと礼をして去る宗茂の立ち居振る舞いはやはり爽やかで、元就は心の中で、文句ばかり言いながらも健気に筑前で待っているであろう誾千代に向かって、本当に人が悪いが立派な旦那様で良かったね、と笑いかけた。
騙されるな、あいつのそれは見目だけだ。
すぐに反駁してくる誾千代が見えるようで、元就はまた一人で笑った。さすがに筒井筒、よくよくお互いを分かっている。夫婦は理解しあうのが一番だからね、本当に君達は理想的だ。
まったく頼もしい限りだよ。だからいい加減、私は引退したいんだけどなぁ。
輝元が聞いたら絶叫しそうなことを考えていたら、膝の上で三毛猫が、またしてもごにゃあというおかしな声を上げて欠伸をした。
縁側はぽかぽかと暖かく、そうしていると元就は、重くなってきた瞼を閉じるか閉じまいか、もうそれだけを考えることで手一杯になってしまうのだった。